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外国人労働者の脱退一時金制度改正―上限8年化と再入国許可中の請求制限・企業が守るべき実務対応
日本で働く外国人労働者が急増する中、避けて通れないのが「年金」の問題です。特に、帰国時に支払った保険料の一部が戻ってくる「脱退一時金」は、外国人従業員にとって最大の関心事の一つと言っても過言ではありません。
2021年の改正に続き、2025年にはさらなる大きな改正法が可決成立、公布されました。本稿では、特定技能や育成就労といった新しい在留資格制度との整合性を踏まえ、企業担当者が外国人従業員に対してどのように説明し、実務を進めるべきかを徹底解説します。
1.脱退一時金制度の基礎知識
まずは、制度の根本的な仕組みをおさらいしましょう。脱退一時金とは、日本国籍を持たない方が、日本の公的年金(国民年金・厚生年金)の被保険者資格を喪失し、日本国内に住所を有しなくなった場合に請求できる制度です。
1-1.支給を受けるための7つの要件
脱退一時金を受給するためには、以下の要件をすべて満たしている必要があります。
- 日本国籍を有していないこと
- 公的年金制度(厚生年金・国民年金)の被保険者でないこと
- 加入期間の合計が6か月以上あること
- 厚生年金(共済組合等含む)の期間、または国民年金の保険料納付済み期間が対象です。
- 国民年金の場合、一部免除期間も免除割合に応じて合算可能です(例:3/4免除が4か月あれば1か月分としてカウント)。
- 国民年金第1号の期間と厚生年金の期間を合算して「6か月」とすることはできず、各制度ごとに判定します。
- 老齢年金の受給資格(原則10年)を満たしていないこと
- 年金受給権がある場合は、老後の生活保障という本来の趣旨が優先されるため、一時金は支給されません。
- 障害厚生年金や障害手当金などの受給権を有したことがないこと
- 実際に受給していなくても、過去に権利が発生したことがあるだけで対象外となります。
- 日本国内に住所を有していないこと
- 最後に資格を喪失した日から2年以上経過していないこと
2.2025年改正のポイント(上限の引き上げ)
2025年改正の目玉は、支給額の計算に用いる加入期間の上限引き上げです。
2-1.上限が5年から8年へ
現行(2021年改正後)は最大5年(60か月)分までが支給対象ですが、改正法により、最大8年(96か月)分までを上限とする方向で見直される予定です。施行日は、2025年6月20日の公布から4年以内の政令で定めるとされており、具体的な開始日は今後確定します。
2-2.改正の背景:長期滞在化と「育成就労」
この改正には、日本の外国人受け入れ政策の大きな転換が反映されています。
- 滞在期間の長期化:2023年の統計では、出国した外国人のうち「5〜10年」滞在した層が26.4%に達しており、3〜5年層を上回っています。現行の5年上限では、多くの保険料が「掛け捨て」になってしまう実態がありました。
- 新制度「育成就労」との連動:2027年創設予定の「育成就労(3年)」から、さらに「特定技能1号(最大5年)」へ移行するケースを想定すると、合計の就労期間は8年になります。これに合わせる形で、脱退一時金の上限も8年に設定されました。
3.実務上最も重要な「支給要件の見直し」とリスク管理
今回の改正では、支給上限だけでなく「請求のタイミング」に関するルールが厳格化されます。ここが実務上、最もトラブルになりやすいポイントです。
3-1.再入国許可中の支給停止
現行制度では、再入国許可を得て一時帰国している状態でも、住民票を抜いていれば脱退一時金を請求できます。しかし、一時金を受け取ると、それまでの年金加入期間はすべてリセット(ゼロになる)されてしまいます。
これにより、再入国して働き続けた外国人が、将来「年金受給に必要な10年」に届かなくなるというリスクが生じていました。これを防ぐため、改正法により、再入国許可の有効期間内は脱退一時金を請求できないこととされます(施行日は、2025年6月20日の公布日から4年以内の政令で定められる予定です)。
3-2.企業が直面する「社会保険の資格喪失」リスク
一部の外国人従業員から「一時帰国するから一度社会保険を抜いて、脱退一時金をもらいたい」と要望されるケースがあるかもしれません。しかし、これに応じることには大きなリスクが伴います。
- コンプライアンス違反:厚生年金保険法上、資格喪失は「使用されなくなったとき(退職等)」に限られます。雇用継続中の資格喪失は不適切です。
- 遡及徴収と返還:日本年金機構の調査で実態(一時的な休暇)が判明した場合、資格喪失が取り消され、その期間の保険料が遡って徴収されます。また、既に支払われた脱退一時金の返還を求められる可能性もあります。
4.従業員への説明ガイド(受給のメリット・デメリット)
外国人従業員から相談を受けた際、以下の「受給による不利益」を正確に伝えることが、将来のトラブル防止に繋がります。
①加入期間のリセット
脱退一時金を受け取ると、その期間は「年金に加入していなかったもの」として扱われます。将来日本で永住したり、長期間働いたりする場合、老齢年金を受け取れなくなる決定的な要因になり得ます。
②社会保障協定への影響
日本はドイツ、アメリカ、中国、ベトナムなど多くの国(現在24カ国)と「社会保障協定」を結んでいます。
この協定の目的は、
- 「保険料の二重負担」を防止するために加入するべき制度を二国間で調整する(二重加入の防止)こと
- 年金受給資格を確保するために、両国の年金制度への加入期間を通算することにより、年金受給のために必要とされる加入期間の要件を満たしやすくする(年金加入期間の通算)こと
にあります。
- 通常、協定国であれば日本の加入期間を自国の年金加入期間に合算(通算)できます。しかし、脱退一時金を受給すると、この「通算」ができなくなります。
- ただし、社会保障協定は自国から日本に派遣され就労している被用者が対象になるため、特定技能外国人や技能実習生は実質的には対象とならない場合が多いです。
③合算対象期間(カラ期間)からの除外
老齢基礎年金の受給には10年の期間が必要ですが、脱退一時金受給期間はこの「10年」のカウント(合算対象期間)にも含まれなくなります。
5.計算例と支給額の目安(現行制度ベース)
外国人従業員にとって、脱退一時金は単なる還付金ではなく、母国での起業や住宅購入の原資にもなり得るまとまった資産です。そのため、本人たちの関心は高いです。
ここでは、現在の制度(上限5年)に基づき、一般的な給与水準でのボリューム感を見てみましょう。
※2025年改正の具体的な計算係数は施行後に確定しますが、構造は現行と同様です。
◎厚生年金保険
厚生年金保険の被保険者であった期間に応じて、次の計算式で算出した額
平均標準報酬額×支給率(※保険料率×1/2×下記表に定める数)
※保険料率…最終月(資格喪失した日の属する月の前月)の属する年の前年10月の保険料率(最終月が1月~8月であれば、前々年10月の保険料率)。
◎国民年金
国民年金第1号被保険者としての保険料納付済み期間に応じて、次の計算式で算出した額
最後に保険料を納付した月の属する年度の保険料額×1/2×下記表に定める数
【期間と指数の対応表(現行)】
|
保険料納付済期間等 |
数 |
|
6か月以上12か月未満 |
6 |
|
12か月以上18か月未満 |
12 |
|
18か月以上24か月未満 |
18 |
|
24か月以上30か月未満 |
24 |
|
30か月以上36か月未満 |
30 |
|
36か月以上42か月未満 |
36 |
|
42か月以上48か月未満 |
42 |
|
48か月以上54か月未満 |
48 |
|
54か月以上60か月未満 |
54 |
|
60か月以上 |
60 |
改正後は、この「数」が96(8年分)まで段階的に増えていく方向で見直される予定です。
6.まとめ:企業に求められる対応
2025年の脱退一時金制度の改正は、日本で働く外国人労働者にとって、将来の資産形成に直結する極めて重要な変更です。これまでの内容を振り返り、企業担当者が押さえておくべき要点を3つの柱でまとめます。
①「長く働くメリット」の拡大
今回の改正により、支給額の計算上限が現行の5年から8年へと引き上げられる予定です。
これは、新設される「育成就労」から「特定技能」への移行を想定した措置であり、5年以上滞在する外国人労働者の保険料が「掛け捨て」になるリスクを大幅に軽減します。
5年(60か月)を超えて勤務した場合、現行の試算よりもさらにまとまった金額が手元に戻る可能性が高まります。
②「一時帰国」と「完全帰国」の厳格な区別
最も注意すべき変更点は、再入国許可の有効期間内は脱退一時金が請求できないというルールです。
- これまでは一時帰国中でも請求が可能でしたが、改正後は、再入国許可の有効期間が残っている間は、たとえ一時帰国中であっても脱退一時金を請求できません。再入国許可の有効期間が満了し、日本に戻る予定がなくなってはじめて請求が可能になります。
- 従業員が「一時帰国したのにお金が振り込まれない」と混乱しないよう、法改正によるルールの変更を事前に伝えておく必要があります。
③受給の選択は慎重に(年金加入期間のリセット)
脱退一時金を受け取ると、それまでの年金加入期間はすべてリセットされます。
- 一度受給してしまうと、将来日本で年金を受け取るための「10年」という要件を満たすことが困難になります。
- 社会保障協定による期間通算もできなくなるため、目先の現金(脱退一時金)をとるか、将来の年金受給権をとるか、従業員本人にその不利益も含めて正しく理解してもらうことが不可欠です。
年金制度は、国籍を問わず日本で働くすべての人々の暮らしを守るための大切なセーフティネットです。この改正が、外国人従業員の皆様にとって日本の社会保障制度への理解を深め、より安心して日々の業務に邁進できるきっかけとなることを願っております。
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